ちょっと間が開いてしまいました。
というのも、ついに書くことを大体書き切ってしまったからなのです。つまりネタが尽きたという状況です。
様々な国に行ってきましたが、年に多くても2回ぐらいしか海外に行くことはできませんから、毎週のように記事を書くというのは、なかなか難しいものだと思います。
しかし、私は考えたのです。ネタが尽きてから、本当の勝負なのではないかと。
それなりにありきたりな旅行体験を書いてきましたが、そこからさらに自分で考えていることを書いたら、それはありきたりなものにはならないのではないかと思うのです。
ここからが本当の独自性が生まれる時なのではないかなんて考えながら記事を書いてみることにしました。
旅行は楽しい
私がこれを書こうと思ったのは、Amazonであるドキュメンタリーを見たからです。
それは「場所はいつも旅先だった」という映像作品です。

これにハマっておりまして、、。
といのもこれを見ると、なぜ一人旅が好きだったかを思い出すものだからです。
もちろん誰かと旅行するもの楽しいんですけどね。
これはナミビアの砂漠にあるホテルでの夜です。↓

一人旅の良さは、旅の余韻を感じることができるからなんです。
旅の余韻ってのは、かなり抽象的でわかりにくいと思います。でも言葉では表現できないことってたくさんあると思うんですよね。村上春樹もそんなことを何度も小説で書いているような気がします。
人間の言葉には、限界があって、完全な抽象領域を表現することはできないんじゃないかと思うんです。

旅は、効率とは正反対のものであると言えるでしょう。
わざわざ、高いお金を払って、外国に行って、ご飯を食べて、ホテルで寝て、歩き、ご飯を食べて、ホテルで寝て、、、。
お金と時間はかかりますが、やっていることは普段と変わりません。ただやっている場所が違うというだけです。効率主義とは真逆の、時代と逆行したもののように感じます。

でもそれがいいんですよね。
旅の中で、何も新たに得ようとする必要はないんです。
ただ記憶に残っていればそれでいいんです。ふとした景色が一生心に残るものになるんですよね。

特に、夕方や夜の景色は、人を惹きつける何かがありますね。
ここには、何か別の世界が存在していますね。みることが出来ませんが、感じることはできるんですよね。
昼の世界には、ないものが夜の世界には漂っているんだと思います。
どの世界に行っても夕暮れのそれは美しいです。

この余韻を感じるため、旅行をしたいとすら思えるほどです。
そして一人だからこそこの感覚が鋭くなるのではないかと思うんですよね。誰かといると神経が別のものに向かってしまうんですが、一人の時はより鋭くこの余韻を感じ取ることができる気がします。

自分とただ向き合う。そして景色と向き合う。
その瞬間が頭から離れませんよ。

それが一人旅の良さですよね。
6歳の僕が大人になるまでっていう映画があるんですが、その中で、主人公の男の子と可愛い女の子が最高に綺麗な夕日を見ながら、会話するシーンが忘れられません。
「瞬間を掴めって、よく世の中ではいうけど、逆だと思うんだ。」
自分から掴むんじゃなくて、神さまがこの人のために用意してくれた瞬間があるんじゃないかと話しているんじゃないかと思いました。
そのくらいに最高の景色と最高の瞬間は人生に存在するってことです。

私はこういう瞬間を求めて生きていきたいですね。



コメント